香港がイギリスから返還されたのも、この年の7月でした。
返還される前は、香港は中国に呑み込まれつぶされてしまうに違いないなどとの論評が多かったのですが、実際は中国の香港化、つまり香港の発展を見習い、中国本土も香港のように発展していこうという方向が目に見えてわかったときでもあります。
香港の隣の深川(香港から電車で一時間たらずの地区)などは、15年前には何もない農村だったのですが、都小平氏の改革・開放路線に乗り、経済特区(この地区内なら外貨で自由に取引ができ、地区に入ってきた荷物は無税Ⅱ自由貿易区のこと)であることを活かし、あっという間に大都市へと変貌しました。
海外の企業もつぎつぎと香港に支店を開設し、香港に仕事とお金が流れ込みました。
株価も急角度で上昇しました。
そして8月、香港に上場している中国系の株、レッドチップやH株も今までの最高値のポイント(レッドチップが4200ポイント台、H株が1780ポイント台)に急騰しました。
私が買っていたH株の中海発展(海運)という株などは、7万円で買ったものが100万円にまで値が上がった。
また、中国本土の上海B株、深川B株も急騰していきました。
投資クラブのほうでも毎月コツコツと買っていましたが、この頃になると、同じ金額では以前の3分の1から5分の1の株数しか買えなくなっていました。
買えなくなったことは残念ですが、持ち株の値が上がることにはみんなが喜んでいました。
グループでの話し合いにもなおさら熱が入り、全員の目は輝いていました。
こんな調子ですから、私個人は投資4年目で、無償株もついて株数もふくれあがっていたので、すべて合計すると結構な金額になりました。
最高で総額3000万円くらいにまで上がったのです。
市場で買えば上がる、上がるから買う、という循環で増えていきました。
中国企業でも運転資金を株で運用するところが多かったのですからなおさらです。
これはどう見てもバブルなのですが、の場合は長期保有が目的ですから、それでも一部の株しか売却しませんでした。
グループのメンバーの中には、このときに売り抜けて大金を手にした人もいます。
この頃が、ある意味では天国の時期でもありました。
しかし、このとき、タイ発アジア経済危機の流れが香港に押し寄せようとしていたのです。
1993年以降、海外の企業がとくにタイの安い労働力に目をつけ、タイに工場をつぎつぎと建てて創業しました。
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